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August 26, 2009

長いトンネルから抜け出す方法

はじめにお知らせがあります。

【お知らせ1】

「自分を好きになるための短期速修セミナー」の返金保証制度がこの8月28日(金)で終了してしまいます。

さらに、セミナー自体もバージョンアップ予定で、内容も大幅に変わり・価格もアップします。

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【お知らせ2】

無料電話相談をスタートしています。既に何人かからのご相談がありました。

遠方の方、面談カウンセリングを検討している方は、先ず無料相談を。

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さて、今日の本題にはいります。

あなたはなにかにつまづき、長いトンネルに陥ってしまった場合、そこから抜け出すためにはどうすればよいと思いますか?

長いトンネルから抜け出そうとしてもなかなか抜けだせない時、どうすれば抜け出せるとあなたは思いますか?

考えなければならないことは二つ。

先ず抜け出そうとしているその方法が正しいかどうかということ。

間違った方法ではいくら必死になっても抜け出せません。もし間違っているのなら、正しい方法を知ることが肝要です。

もし一人でなかなか解決できないのなら、その道の専門家の力を活用することは極めて有効。

餅は餅屋に聞けというやつですね。(^^)

もうひとつは、そもそも自分が抱えている問題やトンネルは、抜け出すのに長い時間を必要とする種類のものかもしれないということ。

世の中には抜け出すためにはある程度長い時間を要する問題もあるのです。

心の病などはある程度時間がかかります。(場合によっては治癒しないものもあり、上手に付き合っていく必要もあります)

仕事の成果でもすぐに努力が反映するものと、反映するまでに時間のかかるものとがあるはずです。

抜け出すのに時間がかかり過ぎている。納得ができない。

そういう時は先述した二つのことを検討してみてください。

長いトンネルを抜け出すヒントをもう少し..........
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August 21, 2009

スランプから自信を得る方法

今日は仕事の合間にいつも通っている治療院で全身マッサージをしてもらいました。

毎月1回全身(筋肉)のメンテナンスをしてもらっていますが、今回は筋肉の状態も良く、疲労もそれほどなかったようです。

先日のメタボ健康診断では、今年もすべての数値が正常範囲内でおさまり、ウェストは去年から2センチだけ絞られていました(^^;

もちろんメタボ非該当でしたが・・・・

治療院の先生とランニングの話になりました。

先日も2時間走を行ったと話したら、こんなことを教えてくれました。

「たとえゆっくりであっても2時間走り続けるというのは、肉体的なスタミナはもちろんですが、精神的にも相当忍耐がなければ走れないものなんです。そういう意味では鈴木さんはこれまで走り続けてきて、そうした精神的な忍耐度も上がったということではないですか」

言われてみれば、2時間走り続けるには、心身ともにある程度のスタミナが必要です。

「鈴木さん、考えてもみてください。40歳を過ぎて周りの人でハーフマラソンが走れる人が果たしてどのくらいいますか?」

これも言われてみれば確かに・・・あんまりいません(^^;

懇意にしているカウンセラーが一人、ハーフマラソンに出ていましたが、彼は31歳。

先生によると、30代と40代では全然そのあたりが違うのだそうです。

マラソン人口はものすごく多いので、世の中走っている人はたくさんいるのだと認識していましたが、よく考えてみれば少ないです。

そこで私は考えました。どうしてここまで自分は走れるようになったのだろう?

すると私の中から答えが返ってきました。

「自分なりに続けてこられたからじゃないか」

では、どうしてここまで続けることが出来たのだろうか?

またまた答えが返ってきます。

「それは途中でやめてしまったら、今まで積み重ねてきたものはいったい何だったんだという話になるからじゃないか」

なるほど・・・・自分で納得してしまいました。

自分なりに継続してこれたことだと、答えが出るのも早くて明解です。

つまり、折角ある程度まで続けて蓄積されてきたスタミナや筋力がもったいないという思いが働いて、結局はまた走り出したり、ジムに足が向くことになるのです。

これはスポーツや運動に限ったことではなく、仕事や自己啓発にもあてはまります。

結果が出ないと人間とてもとても不安になります。そして心の中でこう呟きます。

「本当にこのやり方でいいのだろうか?」

しかし、結果はともかく、ひたすら走りつづけるということも時には必要なようです。

ひたすら走り続ければ、ある時、迷いからではなく、確かな感覚として「このやり方ではダメだ」とか、「これでいける」という手応えが得られるのだと思います。

スランプ克服のコツは、ひたすら基礎練習を続けるか、気分転換を図って休養するかだといいます。

いずれにせよ、迷うくらいなら余計なことを考えず徹底的に取り組むか、思い切って休養するのが良いということなのでしょう。

どんなことでも一つ、打ちこめるものがあれば、人間は強くなれる側面があります。

一芸に秀でた者は、他の分野でもという表現もあります。

あれもこれもと手を出すのではなく、一つのことにコツコツ取り組んでいくことで、それが良い経験になり、人間的な成長も経験出来るといえます。

ひたすら打ち込むか、思い切って離れるか。

工夫次第でスランプも味方にできそうです。

では、スランプを克服して自信を取り戻すには....
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August 20, 2009

あなたはどちらを味方につけますか?

あなたは次のどちらを味方につけることができますか?

理想

現実

もちろん望ましいのはその両方を味方につけることでしょう。

しかし、先ずは片方どちらかを味方につけるとしたら、私はできるだけ現実と仲良くなようと思うでしょうし、事実、そうしてきました。

現実を味方にできず(受け入れられず)理想と必死に仲良くしようすると息切れしてしまう可能性があります。

これはなかなか苦しいというか、厳しい生き方にならざるおえません。

一方理想にはなかなか届かなくても現実を味方にできる(受け入れられる)と、自分の呼吸で生きることができる可能性が高くなります。

現実と仲良くできないと肩に力が入ったり、物事や人が否定的に見えたり、現状の自分が見えなくなったり、何かに必死にしがみついたりと、苦労することが多いようです。

カウンセリングで自分の問題を解決できた人は、やはり現実と少しずつ握手できるようになっていった人たちだと思います。

100点満点のうち、自分は50点ならその50点の自分と仲良くなる。30点しかなくても、その30点の自分とまずは握手する。

ほんの些細な喜びを噛みしめる。

ちょっとしたことにありがたさを感じる。

お茶一杯が飲める幸せ。

働くことができるという喜び。

パソコンから様々な情報が得られるありがたさ。

「おはよう」と言える相手がいる幸せ。

幸せは小さな小さな、何気ない瞬間に感じるもの。

大きな高揚感はないけれど、静かな喜び、満たされた思いが残る。

それは、現実と仲良くできるから。

今の自分自身と闘うことをやめ、握手ができるから。

小さな幸せを手に入れるために....
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August 19, 2009

いったいどちらが本物の自信でしょうか?

次の二つについて、あなたはどちらの人間が本物の自信を兼ね備えていると思いますか?

結果に対して自信をもっている人間

自分自身を信じている人間

答えはあなた自身が出してください。

なぜなら、あなたの答えはあなたにしか出せないからです。

ちなみに私の答えですが、やはり後者の「自分自身を信じている人間」ですね。

どんなに有能な人間でも、結果が思うようにいかないことがあります。

結果に自信をもつということは、下手をすると思うようにいかなかった場合、落ち込みやモチベーションの低下につながりかねません。

しかし自分を信じるということを貫くことで、結果に左右されないメンタリティーを手にできます。

落ち込んだりやる気がうせるとろくなことになりません。

いいことなんて何もない。そうですよね。

こんな言葉があります。

結果はデータであって、成功も失敗もない

ビジネスやスポーツの世界ではよくいわれる言葉です。

物事の結果に自信をもつ。自分は結果を出せる人間であると思う。

本当にそういう自信が持てるならそれでもいいでしょう。

しかし、もし自分に自信がないという人がそう思いこもうとすれば、苦しむ可能性の方が高いと思います。

結果ではなく自分を信じること。

どんな結果を出す自分でも信じ続けるということ。

尊いことだと思います(^_^)

このような本物の自信をつけるには.....続きはこちら(WEB版ページ)
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August 17, 2009

適材適所

kominka1昨日は市内にある古民家のある公園に行ってきました。

江戸時代末期の建物を市が公園内に保存しており、それを無料で観ることができるのです。

約300年前の建造物で、もちろん茅葺き(かやぶき)屋根。

kominka2茅葺きの屋根や屋内の土間、柱など、歴史を感じましたし、当時の人たちの暮らしぶりが目に浮かぶようで、なにか不思議なというか、安らいだ気持ちになりました。

kominka3江戸時代ですからもちろん電気など無いわけで、屋内は夜になると行燈(あんどん)や囲炉裏(いろり)の灯りだけ。

かなり暗かったろうと思います。

だから昔の人たちは、夜は早く寝て、朝早くから働いていたのでしょうね。

kominka4古民家は2棟保存されていましたが、そのうちの一軒は医者の家だったようで、かなり立派な家で、今でも掃除をすれば住めてしまいそうな気さえするほど、柱も畳もしっかりしたものでした。

一方もう一軒の民家は、いわゆる庶民の家で、床が畳ではなく細い竹を敷き詰めただけのものでした。

丈夫で安上がりだったのでしょうが、座ったり横になるのはちょっと痛そうです。

さて、この古民家もそうなのですが、公園内は実に綺麗に清掃や整備がなされています。

実はこの公園は発達障害や知的障害のある人たちの手で管理されているのです。

もちろん管理者の方がいて、その人たちと一緒に彼らは働いているのです。

障害のある人たちは、一度覚えた仕事は徹底的に正確に行うといわれていますが、綺麗に整備された花壇や植え込み、ゴミも落ちていない通路などをみると、本当に感心します。

市としては民間の業者では費用が高くなるし、障害のある人たちは仕事が丁寧で働く場も提供できるということで、こうした場を設けているのでしょう。

まさに適材適所だといえますし、これこそ必要な公共事業・福祉のあり方の一つだといえるかもしれません。

こういうことにしっかりと税金も使ってもらえればありがたいものです。

障害を抱えた子供の親御さんが生涯心配なのはわが子の行く末です。

「私が居なくなったらこの子はどうなるのか?」

この一点が頭から離れないのです。

中には母親が末期がんを宣告され、残されたわが子の将来を悲観し、親子むり心中を選んでしまうという悲しいケースもあります。

選択の是非はともかく、親御さんの気持ちは察するにあまりあるものがあります。

障害をもった人たちが安心して働ける場、彼らが貢献できる社会。

古民家を後にして公園内を歩いていると、障害のある人がサポートの方と鼻歌を歌いながら通路を掃除していました。

楽しそうに、そしてまじめにゆっくりと道を掃いています。

私は心のなかで「綺麗にしくれてありがとう。おかげで気持ち良く公園を歩けるよ」と呟きました。

公園の出口を出ると、なぜか身が引き締まる思いがし、同時に心の中に涼やかな風が吹き、陽ざしの暑さを幾分和らげてさえくれているような、そんな感じがしていました。

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